明治維新ののち、新政府の管理・法律のもとに、さまざまな制度がスタートしました。狩猟行為もそうで、今まで特権階級の独占だったものが解放され、「届けさえ出せば」誰でも狩猟が可能になりました。すると、まず欲しいのは「鉄砲」です。どのようなものが入手可能だったのでしょうか。
明治中頃にでた【銃猟新書】(資料⑦、巻末参照)によれば、既にこの頃には「前装銃は不便で奨められない」との記述が見受けられます(同⑦、内容を口語体に意訳)。ただ、当時のカタログ等をみるかぎりでは、「和洋各種単身猟銃」の紹介の中に〝先込猟銃〟との見出しがあり、
⇒画像1、画像2
・第九十八号
エンピール先込猟銃 金五円五十銭
・第百号
エンピール先込猟銃 金二円八十銭
等々の記述があるのが見てとれます(資料①、P22)。「エンピール銃」とは、古式銃に詳しい方はすぐおわかりのように、「エンフィールド銃」(前装式)にほかなりません。
元のイラストは同一のものを使用と思われますが、別のカタログからも掲出しておきます(資料⑤、P13)。こちらの方が外見からの構造がよく分かります。
カタログに記載のある「新銃」のたぐいをいろいろ探してみると、
⇒画像3
・第一号 上等 三十番径 金 九円五十銭
:
・第四号 最上等製 三十番径 金 十一円
:
・第十号 特別製 三十番径 金 十四円
と、いうような価格提示となっておりました(資料①、P16)。前述の【銃猟新書】
でも、「後装式がベストだが、前装式でも可」「価格的に安価なのは利点」との記述を裏付けているものと思われます(資料①、P9)。
ここで、予備知識として必要なのはこの当時の「1円」はどの程度の価値だったか、ということです。いろいろ探してみましたが、なかなか難しいようです。ただ、目安は必要ですので、ここでは、
・明治の初期 ・・・ 当時の1円 ≒ 現在の5万円
・明治の中期 ・・・ 当時の1円 ≒ 現在の2万円
・大正の初期 ・・・ 当時の1円 ≒ 現在の1万円
という、見方でご説明を続けますので、ご了承ください。(出典15、16、17 )
先述のカタログの件にもどります。手元の資料は、大体明治の中期頃のものですので、1円≒2万円換算、でお話を進めます。
同じ資料によりますと(出典15)、その当時は「そば一杯=2銭」だったそうで、先にお示しした<エンピール先込猟銃>なども、安くても「そば140杯(!)」も食べられる位の代物で、よほど余裕がないと、いくら狩猟が自由といえども、おいそれと買えるものではないことが推察されます。まして、新品「村田銃 特別製」など、庶民とはかけ離れた物に見えたのではないでしょうか?
本当は、ここで明治の初め頃の定価表などがあれば、もっと面白い比較ができるのですが、残念ながら資料がありませんでした。またの機会にチャレンジしたいと思います。
この当時(明治中期)は、すでに相当数の輸入銃の銘柄がみられます。具体的にあげてゆきますと、
「レミントン式猟銃」
・第二十九号 レミントン銃 特別製 金 十七円五十銭 (甲)
・第三十号 レミントン銃 特別製 金 十九円 (乙)
(調べますと、Remington Rolling Block Shotgun と推定 ・・・ 資料㉒より)
また、別のお店からのカタログをみますと(資料②、P30-31)、
「英国製 二連猟銃正価
・第六百五十号 一挺 金 六十五円 也
・・この猟銃は、無鶏頭と称し、撃鉄を外部へ出さない装置のため、安全器をつけてあります。このため、携帯使用には極めて軽便なつくりで、さらに外面の美麗なる
模様を表します(炭素焼き?ダマスカス?)。左銃身はチョーク付きです。・・」
(以上口語体、意訳。カッコ内は筆者補足 )
すでに明治の中頃には、いわゆるアンソンデイリー式、つまり外見はハンマーレスの構造をもつ、今日でいうボックスロック仕様の水平二連銃も、輸入されておりました。ただ、先と同様、価格の方はというと、まさに「舶来輸入物」という言葉がピッタリな位のお値段となっており、高値の花だったといえます(そば3250杯分!)。
水平二連銃だけでなく、上下二連も同様に入荷されておりましたが、価格はさらにお高めで、「百円」「二百円」、最高で「四百八十円」というものまでありました。今で言う、ほんとにセレブな人達以外、買えない値段です。
今までのお話にありましたように、明治の中期までには既に、品物は欧米と同等と思われるものが入ってきていたようです。ただ「舶来品」でなくとも、当時の生活水準からすると、かなりお高いものだったといえそうです。当時の先輩たちのご苦労がしのばれる処です。
では、今よりももっと身近に、お店(銃砲店)とかはあったのでしょうか? これに関しては明確な数字のある資料はございませんでした。推測なのですが、今以上に店の数はあったのではないか、というところでしょうか。
また、当時のカタログをみて気づいたのですが(資料①)、この店では営業マンを各地に出張させていたようで、お客あてに『本日より〇〇日まで・・・に滞在しています、御用があれば伺います・・・』というチラシが入っており、遠隔地であっても営業マンの出張営業・受注で対応する、という営業方針もあるようです(たまたま、この店が北海道であり、産業用火薬類の営業が半分、という意味もあるので断定はできません)。
また別のカタログでは(資料②)、今で言う「通信販売」をさかんに勧めていて、『・・・遠隔地にお住まいの方でも、書面でのご注文にてご満足のゆく取引をさせて頂きます。また、不具合・交換等でも遠慮無く申し出てください。送料ご負担はありません・・・』、とあります。今ほどではないにしても、相当に「サービス本位」の姿勢だったようです。
〇参考文献ならびに資料、HP掲載等出典
①仮図入 銃砲火薬猟具類定価表
小樽佐々木銃砲店 発行、明治30年(1897)6月
②猟銃猟具定価表
川口銃砲店 発行、明治30年前後(推定)
③銃砲猟具雛形図解 営業案内(下)
日本銃砲店 発行、大正元年(1912)10月
④銃砲猟具雛形図解 営業案内(上)
日本銃砲店 発行、大正3年(1914)9月
⑤大正3年改正 営業案内
大倉組銃砲店 発行、大正3年(1914)
⑥銃猟界臨時増刊「射撃始」
金丸銃砲店 発行、明治39年(1906)1月
⑦銃猟新書
十文字信介 著、金港堂 刊、明治24年(1891)、
⇒ <近代日本狩猟図書館>第2巻(大日本猟友会 発行)、収載より
⑧銃猟新書 続篇
十文字信介 著、金港堂 刊、明治25年(1892)、
⇒ <近代日本狩猟図書館>第2巻(大日本猟友会 発行)、収載より
⑨最新 銃猟研究
鈴木俊行 著、三徳社 刊、大正11年(1922)
⑩日本狩猟史
水越隆平 編著、日本狩猟史刊行会 刊、昭和32年(1957)
⑪ガン・ハンドブック
小川菊松 編集、狩猟界社 発行、昭和37年(1962)4月
⑫(増補)図解古銃事典
所 荘吉 著、雄山閣出版 刊、昭和49年(1974)、第3版発行
⑬狩猟伝承 ~ものと人間の文化史14~
千葉徳爾 著、財団法人 法政大学出版局 刊、昭和50年(1975)初版発行
⑭反射炉 Ⅰ大砲をめぐる社会史 ~ものと人間の文化史77-Ⅰ~
金子 功 著、財団法人 法政大学出版局 刊、平成7年(1995)初版発行
⑮小銃 拳銃 機関銃入門
佐山二郎 著、光人社 刊、平成12年(2000)初版発行
⑯ミリタリー・スナイパー
MARTIN PEGLER 著、岡崎淳子 訳、大日本絵画 刊、平成18年(2006)
初版発行
⑰企画展示「歴史のなかの鉄炮伝来 ~種子島から戊辰戦争まで~」解説図録
国立歴史民俗博物館 編集、(財)歴史民俗博物館振興会ほか 共同発行、
平成19年(2007)、第2版
⑱鉄砲伝来の日本史 ~火縄銃からライフル銃まで~
宇田川武久 編、吉川弘文館 刊、平成19年(2007)初版発行
⑲鉄砲を手放さなかった百姓たち
武井弘一 著、朝日新聞出版 刊、平成22年(2010)
⑳MAUSER RIFLES
LUDWIG OLSON 著、NRA BOOK SERVICE 発行、1985年(昭和60)
㉑THE SNIDER―ENFIELD RIFLE
CHARLES J. PURDON 著、MUSEUM RESTORATION SERVICE 発行、
1990年(平成2)
㉒FLAYDERMAN’S GUIDE 9th EDITION
GUN DIGESTBOOKS 発行、2007年(平成19)
㉓THE PATTERN 1853 ENFIELD RIFLE
PETER SMITHURST 著、OSPREY PUBLISHING 発行、
2011年(平成23)
㉔PICTORIAL HISTORY OF THE RIFLE
G.W.P. SWENSON 著、IAN ALLAN 発行、1971(昭和46)、第1版
1Retire「幹さん」のH/P より~銃砲・火薬の歴史~
http://www.cc.rim.or.jp/~matu~milk/gyoukairekisi(2).hylm
2野生生物に関する制度等の概略史(1870-2000)
http://www.biodic.go.jp/cbd/5/tu1-2.PDF
3きのこたけ戦争資料館 ~別館HP~より
http://www35.atpages.jp/tokorozawa/faq11mr02d.html#20885
4モーターワークスカンパニー おすすめリンク~社長の道楽~より(MWCホールディングHP内 )
http://www.piyoyonet.com/douraku/shoot/mukasibabanasi.html
5日本の武器兵器 ~須川薫雄氏主宰HP~より
http://www..日本の武器兵器.jp/archive
6日本銃砲史学会 HPより
http://www.fhaj.jp/
7大日本猟友会 HPより
http://www.moriniikou.jp/
8無可動実銃販売元 株式会社シカゴレジメンタルス HPより
http://www.regimentals.jp/
9徳川家康の東金鶴御成および明治時代の雄蛇ヶ池猟区考察
~吉田義明氏主宰HP、「レイクチャンプ」より ~
http://wakasagi.jpn.org/js-news06-189210.htm
10明治初期の熊本南部における野生哺乳類の生息、狩猟および被害の分布
~「森林防疫 Vol.59、No.2(No.677)、2010 3月号」~ より
http://cse.ffpri.affrc.go.jp/myasuda/pdf/Yasuda2010b.pdf
11北陸地方における鳥猟文化の変遷に関する研究
~2007年度 日本海学研究グループ支援事業 研究成果発表会~ より
http://www.nihonkaigaku.org/library/group/i070401-t5.pdf
12開拓使期における狩猟行政 ~北海道鹿猟規則制定過程と狩猟制限の論理~
北海道大学付属図書館 データベースより
http://src-hokudai-ac.jp/inoue/north_eurasian/momose.pdf
13株式会社 三田商店 HPより ~会社案内110年のあゆみ~
http://www.mita-gnet.co.jp/enkaku/enkaku_meiji.html
14ドイツ・マウザー社 HPより
http://www.mauser.com/Home.home.0.html?&L=1
15日本と世界のお金の歴史 雑学コラム
http://manabow.com/zatsugaku/column06/
http://manabow.com/zatsugaku/column06/2.html
16教えて!goo 検索サイト「明治5年の1円は?」
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7138577.html
17YAHOO!Japan 知恵袋 検索サイト「大正時代の1円は?」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1160038581
18東京都小平市公式HP ~村の鉄砲のゆくえ~
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/031/031806.html
19YAHOO!Japan 知恵袋 検索サイト「火縄銃で狩猟に使ったのでしょうか?散弾は
使えたのでしょうか?」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1462618589
〇 資料ならびに、取材・執筆にご協力いただいた、関係各位
・有限会社 浜田銃砲店
(東京都千代田区外神田5丁目2-2)
・一般社団法人 大日本猟友会
(東京都千代田区九段北3丁目2-11)
あらためて御礼申し上げます。